量産プロダクトの新規事業を立ち上げるときにどういった観点が大事になるのでしょうか。限界費用がゼロで仮説検証も容易なソフト系では直面しない課題を中心に考察していきます。
大量に売れれば安くなる、安くなれば売れるというジレンマ
新規事業とはいえ、世の中に無い全く新しいプロダクトということも無いので、基本的には何かしらの既存品を置き換えていくことになると思います。
基本的に量産品は作る数が増えるほど単価が下がります。これは固定費と変動費の関係にもよるのですが、設備費用などの追加投資がない前提ならば、10倍の量作ったら、製品に上乗せする固定費は1/10にできます。
一方材料費のような変動費の部分は、基本的に10倍作ったら、10倍の材料が必要なので、コストも10倍になると思うのですが、実際にはたくさん調達するほど材料の単価は落ちるので、10倍作った方が安くなるのです。
このように、作れば作るほど安くなるのが量産の世界ですので、既存製品を新商品で置き換えようというビジネスは難しい局面に立たされます。
最初は量が作れない→量が作れないと高い→高いと売れない→売れないと量が作れない
というループに陥るからです。
既存製品がアプローチできない領域に進出
従来製品では訴求できないセグメントへアプローチします。少し前に話題になったWORKMANがまさにこの成功例です。
WORKMANの狙っているセグメントを表した下図をご覧ください。とてもわかりやすく差別化されています。競合がいないブルーオーシャンを狙うというシンプルな戦略です。競争を避けられる分利益率を確保しやすいです。
注意が必要なのは、空いている市場というのは、競合企業が「やってない」のであって「やれない」わけではない可能性があるということです。何かしらの課題があって避けているということも少なくはありません。また、もし自社が当該領域で成功したとしても、すぐに競合企業が同じセグメントへ進出してきます。前を走り優位性を保てているうちに製造面を強化し、競争力を確立する必要があります。
覚悟して量産×付加価値で価格上乗せ
従来製品で事足りるコモディティ品を置き換えることに成功している例として、アンカーが挙げられます。
充電器というのは、スマホを買えばタダでついてくるものです。消費電力の小さいGaNの半導体技術が優れているという優位性はあるものの、これを置き換えに行くということが容易ではないことが想像つきます。
充電自体ができないわけでもないにも関わらず、プラスαお金払って買うのか?という部分がポイントですが、従来よりも充電時間が半分で、たくさんのデバイスに応じてたくさんの充電器を持たなくても、たくさんのポートがあるため一つの充電器で済む、といった付加価値で勝負したことで、評価されていきました。
新しいGaNの半導体技術を使用したために競合製品の4割増しほどの価格になったようですが、それでも性能が高い、性能に対して小型といった付加価値で売れていきます。
競合商品と同じ価格まで最初から落とすのは無理、しかし既存品よりもいい製品なため、払える範囲のプレミアムを載せた設定とする、その絶妙なバランス設計が重要です。
ビジネスの商流、売り方自体を変えてしまう
引き続きアンカーを深堀ります。充電器のアップグレードの先には、商流のアップグレードの視野が入っています。「スマホなどのモバイル機器に充電器を標準で付けないようになる世界」です。そもそも充電器が標準で付いているからみんな充電器が溢れていっているし、タダでもらえるものを敢えてお金払って買おうという発想にならないのという考え方です。
例えば、アップルに充電器を付属で売ってもらうのを止めて、その代わりアンカーの充電器にリンゴマークを書いてアップルっぽい感じを出してオプション売りする、といことも可能ですし、単に充電器をセットにしないでもらうだけでもいいかもしれません。
「自分で買わないと充電器が無い」という状態にマーケットを変えてしまうところまでくると、世界が変わった実感も出ますね。
顧客が自分のライフスタイルが変わるイメージが具体的につくと、購買に結びつくのだと思います。そして最近はスマホ販売者が充電器をセットにしなくなってきました。こうした形でバリューチェーンのあり方を変えていくことを想定して参入していった先見の明には頭が下がります。
プレミアムモデルの投入、前金で資金を集める
これはテスラだからできるのでは、と思ってしまいますが前金で必要な資金を集めて車を作る、というやり方です。
テスラ2代目となるロードスターは世界最速
装備が充実したファウンダーズ・シリーズ1000台限定は、まず5000ドルをカードで支払い、10日以内に24万5000ドルを振り込む必要がある。標準車の予約金は5万ドルなので5000ドルカード決済後、10日以内に4万5000ドルを振り込む。
早くて3年先に引き渡される車に3000万円近くを支払うことになる・・・
これならば、量産のための工場の設備投資に充てることも、材料の購入費用に充てることもできます。製造業は、キャッシュフローが非常に厳しくて、先に大量に資金調達してでかい工場を建て、モノができて売れてようやくお金が入る、というビジネスなので、お金が出て行ってから入ってくるまでのギャップが大きいのが苦しいところです。これをブランド力、価値のプレミアムによって逆転させてしまうという恐ろしいやり方です。
今回は製造業で新しくマーケットに参入するときの難しさと、そこを上手くやってる例を考察してみました。私自身も、同じような生みの苦しみに直面し、ここで挙げたような方法で突破を試みていました。後々成功例として取り上げられるようなスタートアップを目指して頑張りたいところです。
大企業からスタートアップへ転職した著者が見たリアルについて様々な記事を書いており、以下はそのまとめページですのでぜひ御覧ください(転職について、組織論、マーケティング、ITなど)。
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