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自分が絶対正しいと思ったときに必要なこと

心理的安全性という言葉をよく聞くようになりました。この言葉が流行りだしたのは、Googleが2012年に発表したプロジェクトアリストテレスの研究結果がきっかけだと言われています。

効果的なチームにとって重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」

その中でも最も影響が大きい因子は
心理的安全性(無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だと信じられるかどうか)

https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/identify-dynamics-of-effective-teams/


心理的安全性の高い組織・チームを作るための方法論を書いた本として、最近ご紹介頂いて手に取った本が以下の「心理的安全性のつくりかた」です。

心理的安全な組織がどういう組織なのか、といった方法論はここでは取り上げませんが、心理的安全な組織を作ろうと思った時、自分の立場によって取りうる手段は変わるのかなと思います。

自分がマネジメントする組織において心理的安全な組織を作ることは、自身の努力次第で可能で、この本を読んでいても比較的できているのではないかと思いました。本当にできているかは、メンバーの真意を伺わないとできませんが、心理的安全性を構成する4つの要因を以下で振り返ってみて、ある程度満足されていると感じています。

  • 話しやすい: フラットに質問できるか
    • フラットに質問を受け、質問自体を歓迎し、その内容に答えるということが日常的に頻繁に起きている。
  • 助け合い: 部門や責任垣根を超えて
    • メンバー感での得意不得意を認識し、得意なことを得意な人に任せてサポートし合う形で進められている。
    • あくまでできているのは部門内であり、部門外に関しては垣根を超えられていないためここは課題。
  • 挑戦: 模索、試行錯誤
    • やってみて上手く行かなかったという報告、それに対して議論をするというPDCAを繰り返している。
    • 新しい試みを結果責任は自分が取るので、自分の考えを全面に出して勧めてほしいと伝えて任せ、いい感じに進んでいる。
  • 新奇歓迎: 個々の才能発揮
    • ストレングスファインダーを最初に実施して、その結果を見ながら、得意なこと不得意なこと、向いていること向いていないことを共有した。
    • なるべく人よりも努力しないでできることを中心に担当できるようにしつつ、20%くらいは新しく能力を伸ばす仕事も割り振っている。


一方で、この心理的安全性をもたらす上で、リーダーが「心理的柔軟性」を持っていることが大切、と説かれています。

その中で個人的にとても刺さったのが「思考=現実」というキーワードです。

すなわち「思考=現実」とは、実際にそうである(現実)ではなく、自分が考えていること(思考)が現実を作り出しているということです。例えば、よく遅刻するAさんに対して「Aさんはだらしない」という思考がAさんはだらしないという現実を作り出しているというような感じです。

これは確かに遅刻した瞬間は現実ではあるものの、それ以外の場面では現実としてそうではなくあくまで思考の中だけです。

実際によく遅刻をしているのであれば、そう認識されてしまうのもやむ無しと思えるのですが、ここで「思考=現実」がもたらす問題点は、そのバイアスに縛られて、現実に対するフィードバックを繊細に受け止める感度が下がること、と述べられています。

そして、「思考=現実」に囚われているのはどんなときかというと、「白黒をつけたくなったとき」、「相手の非を認めさせようとするとき」、「絶対におかしいと思う時」だというのです。

自分の考え自体が正しいか、というのは文脈によるため真実かはあまり重視でない、むしろ思考と現実を結びつける=の強さが問題で、その時々役に立つ考え方を採用するのが心理的柔軟性の考え方であり、考えてることの正しさへの執着が問題を大きくする、というのです。

なんということでしょうか。自らを振り返り、誰かと衝突しているときは「相手が絶対おかしい」と自分が思っているときだと思い当たります。そしてそのストレスともやもやはずっと残り続けます。

「絶対におかしい」という経験の積み重ねが、相手への不信感として残り、関係の悪化につながってきたことが過去何度もあると思いました。しかしこれは、揺るぎなく自分が正しいと思っているからこそ、明らかにおかしいと感じる相手に対して断絶を感じてしまう。そしてその確信が執着させ続けてしまいます。

ではどうすればいいのか?

嫌な気持ちをコントロールし続けることは原理的にできず、より考えを強めてしまう、と述べられています。

ではどうすればいいのか?

そこで大事なのは「創造的絶望」だと、

何か条件が満たされればいつか苦痛などなく、嫌な気分が完全に追い出されていい気分でいられる、という幻想を捨て、前を向くために諦め受け入れ始めることだというのです。ネガティヴな思考や感情であってもオープンに自ら進んで味わい、単に感覚として体験するというのです。

自分の思考に執着しているとき、思考の正しさに意識が向いています。しかし正しいかどうかをもはや考えないほうが良く、そのために積極的に諦めるのだと。自分の正しさに執着しないことは、自分が間違っていることを認めるような気がしてしまうのですが、そうではない創造的絶望には救いがあると思いました。

「絶対におかしい」と思う時は確信があるので、そのときに解決しないと「おかしい」というバイアスを持って相手を見てしまうように思います。それが次なる「絶対におかしい」を生みやすくし、蓄積していく。こうなると次第にフラットに向き合えなくなっていく、そして臨界点を超えて不信感が蓄積すると、爆発し致命的な亀裂を生んでしまう、そういう経験があります。

創造的絶望という言葉自体はあまり好きじゃないですが、その概念は組織の心理的安全性を超えて広く対人関係を暗礁に乗り上げさせないために大事にしたいと思います。

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